理工学部 電気電子工学科

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研究内容

研究のビジョン

次世代のエレクトロニクスデバイスの創成を目指して

半導体デバイスに代表されるエレクトロニクス技術分野では、これまでの小型化、高速化、大容量化といった 単調な研究開発方針の流れが限界に達しつつあり、新しい「価値」を生み出すことが求められています。 例えば、IoT(Internet of Things)においては、これまで追い求められていた高性能なデバイスだけではなく、 様々な場所に設置できる安価で小型なデバイスや高い耐久性と信頼性を持ったデバイスが必要とされます。 また、人間の状態を常時モニタリングし、健康状態の管理や事故防止を実現するシステムの導入が進みつつあり、 生体に近い場所にデバイスが設置されはじめています。究極的には、生体の中にエレクトロニクスデバイスが入っていく ことが予想され、これらの新しいシステムには新しいデバイスが必要になります。我々は、新しいデバイスを 作る材料として、グラフェン、薄膜グラファイト、薄膜ダイヤモンドなどの炭素系薄膜材料に着目しています。 これらの材料は生体親和性が高いだけでなく、2次元薄膜材料であるため、高度に成熟した半導体デバイス作製技術を そのまま活用できます。これによって、ナノ領域で精密に制御された構造を持つデバイスの開発が可能となります。

研究では、デバイスの作製だけでなく、その材料の合成・結晶成長も研究の対象とし、各種応用に最適な性質と形状を持つ材料の開発に取り組んでいます。また、化学修飾によってグラフェンやカーボンナノチューブの物性を制御するために、様々な評価技術を駆使して界面・表面における相互作用のサイエンスに積極的に取り組み、これを高性能なデバイス実現への糸口としたいと考えています。

研究項目

1.グラフェンの熱CVD成長

グラフェンを実用的なデバイスの材料として活用するには、大面積かつ高品質のグラフェンを成長する技術が必要です。 様々なグラフェンの合成・成長方法が提案されていますが、中でも、Cuなどの触媒金属基板上の熱CVD法(化学気相成長法) が有望な手法であると考えています。また、「グラフェン」と言っても、成長・合成方法によって欠陥密度、表面の官能基、 単結晶性、層数などが大きく異なります。 本研究では、各デバイス応用に最適なグラフェンを成長する技術を確立したいと考えています。 本研究項目では、熱CVD法における成長パラメーターや結晶成長のメカニズム・熱力学、基板表面処理技術などについて 研究を進めています。特に、最高級の単結晶グラフェンを成長するために、単結晶サファイア基板上のイリジウム薄膜を下地とした CVD成長に取り組み、電気化学転写法と組み合わせることによって、同一基板を用いた複数回の成長と転写を実証しています (同学科の澤邊厚仁教授、児玉英之助教との共同研究です)。
関連する論文:
Shinji Koh, Yuta Saito, Hideyuki Kodama, and Atsuhito Sawabe, "Epitaxial growth and electrochemical transfer of graphene on Ir(111)/alpha-Al2O3(0001) substrates," Appl. Phys. Lett., 109, 023105 (2016).

グラフェン成長
図:(左)サファイア基板上のイリジウム単結晶薄膜を下地とするグラフェン成長の模式図
(右)同一のイリジウム/サファイア基板を再利用して成長したグラフェンの転写膜

2.グラフェンの加工・転写技術

本研究項目では、グラフェンの転写技術について研究を進めています。CVD法で作製したグラフェンを光電子デバイス材料として 活用するには、触媒金属基板からグラフェンを分離し、別の基板に転写する必要がありますが、このグラフェン転写技術を 極めれば原理的にあらゆる面にグラフェンを貼ることができます。 グラフェンの応用の可能性を拡大するためにも、転写技術は極めて重要であると考えています。 様々な検討を経て、現在では数センチメートル各の単層グラフェンを転写する技術を確立しています(下図)。 また、グラフェンを所望の形・サイズに加工する技術も必須であり、フォトリソグラフィー、酸素プラズマ処理などの 加工プロセス技術を用いたグラフェンの加工成形技術を確立しています。

グラフェンの転写
図:PMMAを用いたグラフェンの転写手順

転写グラフェン
図:Si基板(300nmの熱酸化膜付き)に転写したグラフェン

3.表面化学修飾を用いたグラフェンへの機能付与

本研究項目では、グラフェン表面を化学修飾することによって、グラフェン自体には無い機能を新たに付与する技術について研究 しています。

グラフェンやグラファイトは、様々な表面化学修飾が可能であり、これを機能化に活用することができます。 UVオゾン照射による酸素官能基付与、窒素ドーピング、酵素の固定化などに取り組んでおり、 これをデバイスへと応用することを目標としています。

グラフェンの表面に発光性希土類金属錯体を吸着させた「光るグラフェン」の研究を進めています。 これまでに、Euを含む両親媒性錯体をグラフェン表面に吸着させることによってUV光下で赤く発光する グラフェンシートを作製することに成功しています(同学部化学・生命科学科の長谷川美貴教授との共同研究です)。
関連する論文:
Yusuke Hara, Koushi Yoshihara, Kazuki Kondo, Shuhei Ogata, Takeshi Watanabe, Ayumi Ishii, Miki Hasegawa, and Shinji Koh "Making graphene luminescent by adsorption of an amphiphilic europium complex," Appl. Phys. Lett. 112, 173103 (2018).

光るグラフェン
図:(左)Euを含む錯体を吸着させたグラフェン(右)UV光下で赤く光るグラフェンシート

4.グラフェンデバイスの作製と評価

本研究項目では、グラフェンを用いたデバイスの作製・評価技術、グラフェンを用いたマイクロ波帯デバイス の作製技術について研究を進めています。

グラフェンを用いたデバイスとして、生体分子を選択的に認識するバイオセンサーやバイオ酵素電池の 研究に取り組んでいます。 バイオセンサーは、小型な医療診断チップに応用することができ、特定の病気で増大(減少)するタンパク質の 定量的なセンシングを可能とするものです。バイオ酵素電池は、グルコース(ブドウ糖)など糖類の 触媒酵素反応で生じる化学エネルギーを電気エネルギーとして取り出します。 常温常圧動作、低環境負荷、人体内動作も可能など、大きな可能性を秘めています。 バイオセンサーは、グラフェンをチャネルとした電界効果型トランジスタ(FET)をセンサー部分として使用するため、 グラフェンFET作製技術が必須です。 特に、生体分子が存在する液体中でのFET動作に注目しており、FETの評価を通してグラフェン/液体の界面や グラフェン/生体分子の界面での相互作用について知見を深めたいと考えています。

グラフェンの透明性、および、優れた電気伝導特性を活用した「透明アンテナ」の研究も進めています。 透明アンテナは、景色の外観を全く変えることなく電波送受信という機能を付与することができるデバイスとして 注目されています。 現在までに、透明ガラス基板上に作製した単層グラフェンをアンテナエレメントとして用いたダイポールアンテナ から電力が放射されることを実証しました(同学科の橋本修教授、須賀良介助教との共同研究です)。
関連論文:
Shohei Kosuga, Ryosuke Suga, Osamu Hashimoto, and Shinji Koh, "Graphene-Based Optically Transparent Dipole Antenna," Appl. Phys. Lett. 110, 233102 (2017).

グラフェン FETのSEM写真 イオン液体トップゲート型FETの光学顕微鏡写真
グラフェンアンテナ
図:(上左)グラフェンFETのSEM写真(上右)イオン液体トップゲート型FETの光学顕微鏡写真
(下)グラフェンを用いた透明アンテナ

5.グラフェン電極での電気化学発光に基づく医用分析デバイスへの応用

本研究題目では、グラフェンの医用分析デバイスへの応用を目指して、グラフェン電極における電気化学発光特性を調べています。

電気化学発光(ECL; Electrochemiluminescence)は、電気化学反応によって生じる発光現象であり、血液検査や尿検査などの臨床検査に利用されています。ECLに基づく検査は高感度測定が可能ですが、その装置は大型で高価なため、設置できる病院は限定されます。一方、POCT(Point Of Care Testing)と呼ばれる小型分析器や迅速診断キットを用いたリアルタイム検査が近年注目されています。私たちはグラフェンを電極として用いることで小型かつ高感度な電気化学発光分析デバイスをつくれると考えています。
透明で高い電気伝導性を有するグラフェンは透明電極として利用できるため、光検出器を電極の背面に配置できるなど装置構成に自由度を与えることができます。また炭素でできているため、生体分子の修飾に適しており、使い捨て電極として利用することもできます。グラフェンの表面に検査対象物質に対応した酵素や抗体を修飾しておけば、測定時間の短縮や測定の簡便化につながることが期待できます。さらにスマートフォンなどに使われているCMOSイメージセンサなどの最新のデバイスと組み合わせることで、小型化や低コスト化につながることが期待できます。

これまでに代表的なECL発光溶液系として知られるトリプロピルアミン/Ru(bpy) 3Cl2を用いて、CVDグラフェン電極のECL特性についての評価を行っております。代表的な透明電極であるインジウム酸化スズ(ITO)電極と比べて高い発光強度が得られており、グラフェンがECL分析用途として優れた性質を持つことを確認しています。

電気化学発光
図:電気化学発光(ECL)を用いた医療分析チップの概念図